ファーマ行政書士事務所ブログ(薬事44)

1960年の薬事法制定から始まり、時代ごとの社会課題と向き合ってきた日本の薬事法制の歴史を辿る「薬事法の変遷シリーズ」も、今回がいよいよ最終回となります。
本シリーズの締めくくりとして取り上げるのは、記憶に新しい2022年(令和4年)の薬機法改正です。世界を震撼させた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックという未曾有の公衆衛生上の危機を背景に、平時の「有効性の確認」から、危急時の「有効性の推定」へと舵を切った「緊急承認制度」を中心に、国家のクライシスにいかに対応するかという観点から導入された「緊急承認制度」を中心に解説いたします。
1. 未知のウイルスと平時の承認制度の限界
新型コロナウイルスの感染が爆発的に拡大する中、世界中でワクチンや治療薬の開発が急ピッチで進められました。しかし、日本においては「海外で実用化された医薬品が国内で迅速に使用できない」「国内発の医薬品開発がスピーディーに承認されない」という、緊急時における「医薬品アクセスの遅れ」や「国内承認スキームの空白」という課題が改めて浮き彫りとなりました。
従来の薬機法にも「特例承認」という早期承認制度は存在しましたが、これは「すでに海外(日本と同等の水準にある国)で販売等が認められていること」が前提(要件)であり、日本独自の開発品や、海外と同時進行で審査を行う場合には適用できないという制度上の限界がありました。平時の厳格な審査プロセス(有効性の確実な実証)をそのまま適用せざるを得ず、刻一刻と状況が変わる緊急事態のスピード感に対応できなかったのです。
2. 日本独自の「緊急承認制度」の創設
この教訓を踏まえ、令和4年改正において新たに創設されたのが「緊急承認制度(薬機法第14条の2の2の2)」です。
- 適用の要件: 国民の生命や健康に重大な影響を与えるおそれがある疾病の蔓延を防止するため、緊急に使用される医薬品等であって、他に代替手段がない場合に適用されます。
- 有効性の「推定」による承認: 最大の特徴は、安全性の確認を前提としつつ、臨床試験の最終的なデータ(第Ⅲ相試験など)が揃う前であっても、一定のデータから有効性が「推定」される段階で早期に承認を与えることができる点です。海外での承認実績も問いません。
- 期限付きの承認と事後検証: この承認には「2年を超えない範囲内の期限(必要に応じて最大1年の延長可能)」が法律上付されます。企業は承認後も検証(臨床試験など)を続け、期限内に改めて承認申請を行い、有効性を「確認」できる十分なデータを提出できなければ、承認は失効(取消)となります。
これにより、緊急時においては「リスクとベネフィットのバランス」を極限まで見極め、国民へ迅速に医薬品を届ける法的スキームが完成しました。
3. 医療DXの推進「電子処方箋」の法制化
また、この令和4年の法改正(薬機法等の一部改正法)において、緊急承認制度と並んで「電子処方箋」の仕組みが整備されたことも極めて重要です。
医療介護総合確保法や医師法などの関連法規が同時に改正されたことで、これまで紙ベースでのやり取りが原則であった処方箋を電磁的に一元管理する法的な基盤が確立されました(2023年1月運用開始)。
処方箋を電子化することで、患者さんの服薬情報の一元管理や、重複投薬・禁忌の回避、そしてオンライン診療からオンライン服薬指導へ至る医療DXのシームレスな連携が可能となったのです。これは、前回のブログで解説した「対物から対人へ」という薬剤師の役割変化を、システム・インフラ面から強力に後押しする変革でもあります。
4. シリーズ総括~歴史は未来への道標~
全19回にわたり、1960年の薬事法制定に向けた戦中・戦後の激動の歴史から始まり、GMP等の厳格化、長年議論されてきた「責任役員変更命令」の導入、そして令和の緊急承認制度に至るまでの変遷を紐解いてまいりました。
薬事規制の歴史は、悲惨な薬害事件やパンデミックといった社会的な危機を乗り越え、国民の健康を守るために「科学的根拠」と「法的なガバナンス」をいかにして両立させるかという、先人たちの絶え間ない試行錯誤の軌跡です。現在、実務対応が本格化している「2025年(令和7年)成立の薬機法等改正」における、品質保証責任者の法定化や責任役員の変更命令制度なども、まさにこの歴史的変遷の延長線上にあります。
歴史の文脈を知ることは、単なるルールの暗記ではなく、規制の「真の目的」を理解し、自律的なコンプライアンス体制を構築するための最強の羅針盤となります。本シリーズが、実務を担う皆様の法規制への理解を深める一助となれば幸いです。
今後もファーマ行政書士事務所では、薬機法や化学物質管理に関する最新の動向や実務に直結する情報を発信してまいります。引き続きご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。
📌 ファーマ行政書士事務所では、薬機法に基づく許認可取得から、最新の規制動向を踏まえた事業戦略の法務サポートまで、ヘルスケアビジネスを専門的に支援しております。コンプライアンス体制の構築等でお悩みの際は、ぜひファーマ行政書士事務所へご相談ください。
投稿者プロフィール

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1987年塩野義製薬株式会社に入社。2011年まで中央研究所にて、感染症領域および癌・疼痛領域の創薬研究に従事。その間、1992年には、新規β-ラクタム系抗菌薬の創製で博士(薬学)を取得。
1998年から1年間、米国スクリプス研究所に留学。帰国後、分子標的抗がん薬の探索プロジェクトやオピオイド副作用緩和薬の探索プロジェクトを牽引し、開発候補品を創製。2011年10月、シオノギテクノアドバンスリサーチ株式会社に異動となり、新規に創設された化学支援部門を担当し、軌道に乗せる。2013年には塩野義製薬株式会社医薬研究本部に戻り、外部委託管理、契約相談、化学物質管理などの研究支援業務を担当。2020年から3年間、創薬化学研究所のラボマネージャーとして、前記研究支援業務を含む各種ラボマネジメントを担当。2023年3月に定年退職。
2023年4月に、薬事・化学物質管理コンサルティングを行う行政書士として、ファーマ行政書士事務所を開業し、現在に至る。
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