ファーマ行政書士事務所ブログ(薬事43)

「薬事法の変遷シリーズ」の第16回、第17回と続いてきた2019年(令和元年)の薬機法改正の解説も、今回がいよいよ令和元年改正の総仕上げとなります。 前編では「革新的な医薬品等の早期実用化(メーカーの開発・承認ルール)」、中編では「薬局・薬剤師のあり方の見直し(医療提供の最前線)」について解説しました。

そして全3回の締めくくりとなる後編(第18回)では、令和元年改正の大きな柱の一つであり、実務上の転換点となった「法令遵守体制の厳格化(コンプライアンスとガバナンス、2021年8月施行)」に焦点を当てて紐解いていきます。

この改正は、製薬企業や医療機器メーカーの経営陣に対してより厳しく、直接的な責任を突きつけた極めて重要な法整備であり、現在の企業法務に最大のインパクトを与え続けています。

1. 法改正の背景にあった「信頼の失墜」

この強力なコンプライアンス規制が導入された背景には、2010年代に立て続けに発覚した医薬品業界における不祥事がありました。

臨床研究データの改ざんを用いた誇大広告事件や、血液製剤等の製造工程における長年にわたる無承認変更・虚偽報告など、国民の生命に関わる医薬品の信頼を根本から揺るがす重大な事案が相次ぎました。 これらの事件に共通していたのは、「現場の担当者のミス」ではなく、利益を優先する経営陣の姿勢や、品質部門の意見が黙殺されるという「組織的・構造的なガバナンスの欠如」でした。この事態を重く見た国は、法律によって企業の組織体制そのものを強制的に是正する抜本的な対策に乗り出したのです。

2. 虚偽・誇大広告に対する「課徴金制度」の創設

令和元年改正において、企業経営に最も直接的な打撃を与えるルールとして導入されたのが、虚偽・誇大広告(薬機法第66条違反)に対する「課徴金制度」です(2021年8月1日施行)。

これまで、虚偽・誇大広告に対しては刑事罰(罰金など)が規定されていましたが、適用ハードルが高く、実際に企業が不当に得た莫大な経済的利益を没収する仕組みがありませんでした。 そこで新たに、違反行為を行っていた期間中(最長3年間)の対象品目の売上額に対し、「4.5%」の課徴金を国が納付させる行政処分が創設されました。医薬品や医療機器の売上規模を考えれば、この課徴金は数十億から数百億円規模に達する可能性があり、「罰金を払ってでも売り抜けた方が得」というモラルハザードを防ぐ強力な抑止力として機能しています。

なお、企業実務において極めて重要なポイントとして、違反行為を自ら厚生労働大臣に報告(自主報告)した場合は課徴金が50%減額されるという規定や、対象商品の売上高が5,000万円未満の場合は納付が免除される仕組みも同時に整備されました。

3. 法令遵守体制(ガバナンス)の整備と責任役員の明確化

不祥事を未未然に防ぐため、製造販売業者や薬局開設者などの許可業者に対し、組織体制(法令遵守体制)の整備義務が法律に明記されました(2021年8月1日施行)。

  • 責任役員の明確化:企業の中で薬事に関する業務に責任を負う「責任役員」を法令上位置付け、その役割と法令違反時の責任の所在を明確化しました。
  • 総括製造販売責任者(総責)や管理者等の権限強化と意見尊重義務: 品質保証や安全管理のトップ(総責や薬局の管理者など)が、法令遵守のために必要な意見を経営陣(責任役員)に述べる義務が規定されました。経営陣はその意見を「尊重しなければならない」と定められており、仮に意見を採用しない(措置を講じない)場合には、その理由を記録・保存することが法的義務となりました。これにより、「品質管理部門の警告がブラックボックスの中で経営陣に黙殺される」という過去の不祥事の構図に、法的なメスが入りました。
  • 法令遵守に関する指針(社内規範)の策定: 企業に対し、役職員が法令を最優先して業務を行うための指針(社内規範)の策定と、それに基づく適切な管理・監督体制(法令遵守体制)の整備が義務付けられました。

次なる法改正の波へ(次回予告:シリーズ最終回)

令和元年改正(後編)では、巨額の課徴金制度と、トップマネジメントの責任を明確化した法令遵守体制の厳格化について解説しました。この改正により、薬機法違反は単なる「現場のミス」ではなく「経営の致命傷」へと位置付けが変わりました。

さて、長期にわたり連載してまいりました「薬事法の変遷シリーズ」ですが、次回の第19回をもって最終回となります。

最終回では、令和元年改正の直後に世界を襲った未曾有の危機(新型コロナウイルス感染症のパンデミック)を背景に、平時のルールでは対応しきれない国家的なクライシスに対して急遽導入された「2022年(令和4年)の薬機法改正(緊急承認制度の創設)」を取り上げます。

(なお、直近の実務動向である「2025年(令和7年)の薬機法改正」については、当ブログの初期にすでに詳細な解説を行っておりますので、歴史を辿る本シリーズは令和4年改正を一つの区切りとさせていただきます。)

次回、日本の薬事法制がいかにして緊急時の枠組みを構築したのか、シリーズの集大成をどうぞご期待ください。また、本シリーズ終了後も新たなテーマでブログ発信は継続してまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

📌 ファーマ行政書士事務所では、薬機法に基づく許認可取得から、最新の規制動向を踏まえた事業戦略の法務サポートまで、ヘルスケアビジネスを専門的に支援しております。コンプライアンス体制の構築等でお悩みの際は、ぜひファーマ行政書士事務所へご相談ください。

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投稿者プロフィール

粂 昌治
粂 昌治
1987年塩野義製薬株式会社に入社。2011年まで中央研究所にて、感染症領域および癌・疼痛領域の創薬研究に従事。その間、1992年には、新規β-ラクタム系抗菌薬の創製で博士(薬学)を取得。
1998年から1年間、米国スクリプス研究所に留学。帰国後、分子標的抗がん薬の探索プロジェクトやオピオイド副作用緩和薬の探索プロジェクトを牽引し、開発候補品を創製。2011年10月、シオノギテクノアドバンスリサーチ株式会社に異動となり、新規に創設された化学支援部門を担当し、軌道に乗せる。2013年には塩野義製薬株式会社医薬研究本部に戻り、外部委託管理、契約相談、化学物質管理などの研究支援業務を担当。2020年から3年間、創薬化学研究所のラボマネージャーとして、前記研究支援業務を含む各種ラボマネジメントを担当。2023年3月に定年退職。
2023年4月に、薬事・化学物質管理コンサルティングを行う行政書士として、ファーマ行政書士事務所を開業し、現在に至る。