ファーマ行政書士事務所ブログ(薬事32)

「薬事法の変遷シリーズ」の第6回では、貿易摩擦を背景とした市場開放と、外国製造承認制度が導入された1983年(昭和58年)の改正について解説しました。

続く第7回となる今回は、日本の薬事法が「患者さんの切実な声」に寄り添い、画期的な支援枠組みを打ち立てた1993年(平成5年)の薬事法改正を取り上げます。難病治療薬の開発を国が強力に後押しする「オーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)制度」の誕生です。

医薬品の研究開発には、10年以上の長い歳月と数百億円ともいわれる莫大な費用がかかります。そのため、製薬企業としては、どうしても患者数の多い疾患(生活習慣病など)の治療薬開発を優先せざるを得ないという、経営上の厳しい現実がありました。 その結果、患者数が少ない難病や希少疾患については、治療薬の存在が切望されているにもかかわらず開発が遅れがちになるという深刻な課題(開発の壁)が生じていたのです。

この課題を解決し、希少疾患に苦しむ患者さんに一日も早く新薬を届けるために、1993年(平成5年)の薬事法改正で「希少疾病用医薬品・希少疾病用医療用具(オーファンドラッグ・オーファンデバイス)の指定制度」が創設されました。

1. オーファンドラッグの指定要件

この制度の対象として厚生大臣(当時)から指定を受けるためには、主に以下の要件を満たす必要が規定されました。

  • 対象者数が極めて少ないこと:
    日本国内における患者数が5万人未満であること。
  • 医療上の必要性が極めて高いこと:
    代替する適切な治療薬がない、あるいは既存の治療薬に比べて著しく高い有効性や安全性が期待できること。
  • 開発の可能性が高いこと:
    対象疾患に対してその医薬品を使用する理論的根拠があり、開発計画が妥当であること。

2. 画期的な「3つの支援策」

オーファンドラッグに指定された新薬候補に対しては、開発のハードルを下げるために、国から強力なインセンティブ(優遇措置)が与えられることになりました。

  1. 優先審査の実施
    通常の医薬品よりも優先して承認審査が行われます。これにより、審査期間が大幅に短縮され、患者さんの手元に早く薬を届けることが可能になりました。
  2. 助成金の交付と税制措置
    開発企業に対して、国立医薬品食品衛生研究所(のちの医薬基盤・健康・栄養研究所)を通じて研究費の助成金が交付されるほか、税制上の優遇措置が設けられ、経済的な負担が軽減されました。
  3. 再審査期間の延長
    新薬の承認後、有効性や安全性を再確認するまでの「再審査期間」(事実上の独占販売期間)が、通常よりも長い最長10年まで延長されました。これにより、投資回収の期間が長く確保される仕組みが整いました。

3. 規制法から「育成・支援の法」への広がり

薬事法は本来、医薬品の品質・有効性・安全性を厳格に管理するための「規制法」です。しかし、この1993年改正によって導入されたオーファンドラッグ制度は、国が主体となって特定の医薬品開発を「支援・育成する」という、これまでにない積極的な福祉的側面を薬事法に持たせました。 この制度の導入以降、多くのオーファンドラッグが世に送り出され、治療を諦めざるを得なかった多くの患者さんに希望の光を届けています。

1993年のこの法改正は、「患者数は少なくても、必ずこの薬を待っている人がいる」という創薬研究者の使命感と、「採算性」のジレンマを制度の力で打ち破った、日本の創薬史における非常に美しく、意義深いターニングポイントと言えるでしょう。

次回の第8回では、いよいよ医薬品の品質・有効性・安全性を担保する「GXP」体制が法的に確立し、GMPが許可要件化される1994年(平成6年)の薬事法改正へと歴史の針を進めます。現在の製薬実務の根幹をなす大改正ですので、ぜひご期待ください。

📌 ファーマ行政書士事務所では、薬機法に基づく許認可取得から、最新の規制動向を踏まえた事業戦略の法務サポートまで、ヘルスケアビジネスを専門的に支援しております。コンプライアンス体制の構築等でお悩みの際は、ぜひファーマ行政書士事務所へご相談ください。

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投稿者プロフィール

粂 昌治
粂 昌治
1987年塩野義製薬株式会社に入社。2011年まで中央研究所にて、感染症領域および癌・疼痛領域の創薬研究に従事。その間、1992年には、新規β-ラクタム系抗菌薬の創製で博士(薬学)を取得。
1998年から1年間、米国スクリプス研究所に留学。帰国後、分子標的抗がん薬の探索プロジェクトやオピオイド副作用緩和薬の探索プロジェクトを牽引し、開発候補品を創製。2011年10月、シオノギテクノアドバンスリサーチ株式会社に異動となり、新規に創設された化学支援部門を担当し、軌道に乗せる。2013年には塩野義製薬株式会社医薬研究本部に戻り、外部委託管理、契約相談、化学物質管理などの研究支援業務を担当。2020年から3年間、創薬化学研究所のラボマネージャーとして、前記研究支援業務を含む各種ラボマネジメントを担当。2023年3月に定年退職。
2023年4月に、薬事・化学物質管理コンサルティングを行う行政書士として、ファーマ行政書士事務所を開業し、現在に至る。