ファーマ行政書士事務所ブログ(薬事31)

「薬事法の変遷シリーズ」の第5回では、薬害の教訓から「安全性確保」へと大きく舵を切った1979年(昭和54年)の大改正について解説しました。

続く第6回となる今回は、日本の薬事制度が国内の安全対策というフェーズから、国際的な市場開放と制度の調和という新たな局面を迎えた1983年(昭和58年)の薬事法改正について紐解いていきます。

1980年代に入ると、欧米諸国との激しい貿易摩擦という新たな課題に直面します。海外の製薬企業からは「日本の医薬品市場は排他的である」との強い批判が寄せられ、国際的な市場開放への対応が急務となりました。

これに応える形で、1983年(昭和58年)に関係法律の一括改正が行われ、薬事法にもグローバル化に向けた画期的な新制度が導入されました。

1. 「外国製造承認制度」の創設と「国内管理人」の誕生

この改正における最大のトピックは、海外の医薬品メーカー自身が日本の厚生大臣に直接承認申請を行うことができる「外国製造承認制度」が創設されたことです。

それまでは、海外で開発された医薬品であっても、日本国内の輸入販売業者が自らの名義で承認を取得しなければなりませんでした。しかしこの改正により、海外メーカーが承認の権利(主導権)を直接持てるようになりました。

ただし、日本の行政権が直接及ばない海外法人が承認を持つため、日本国内での安全管理や連絡の責任を負う窓口として新たに「国内管理人」を選任することが義務付けられました。そして、実際の輸入・販売の実務は、国内管理人の管理のもとで国内の「輸入販売業者」に行わせるという精緻な法体制が構築されたのです。

2. 輸入手続きの簡素化とデータの国際調和

市場開放の要請は、承認申請のプロセスや輸入手続きそのものにも及びました。

  • 臨床試験データの受け入れ: それまで日本独自の基準が強かった臨床試験データについて、一定の条件下で海外での実施データを活用できる方向へと制度が動き始めました。これは、のちのICH(日米EU医薬品規制調和国際会議)によるグローバルな規制調和へと繋がる重要な先駆けとなりました。
  • 通関手続きの合理化: 承認を取得した医薬品の輸入時の検査や手続きについても、重複を避け、よりスムーズに通関できるよう制度の合理化が図られました。

3. 「経済のグローバル化」と「薬事規制」の交差点

1983年の改正は、これまでの「公衆衛生の向上」という薬事法の目的に加え、「国際的な基準への合致」や「市場の透明性」といった、経済・通商的な視点が強く反映された改正であったと言えます。 この改正を経て、日本の薬事行政は単なる国内規制の枠を超え、世界各国の規制当局や海外企業との連携を前提とした、より高度で複雑なフェーズへと突入していくことになります。

1983年の改正は、安全性を守るための国内法規であった薬事法が、「国際的な公平性」という視点を取り入れ、現在のグローバルな創薬ビジネスの基盤を築いた転換点でした。

次回の第7回では、難病に苦しむ患者さんのための新薬開発を国が強力に後押しする画期的な仕組み、1993年(平成5年)の改正(希少疾病用医薬品:オーファンドラッグ制度の創設)について詳しく見ていきたいと思います。

📌 ファーマ行政書士事務所では、こうした法制度の変遷を深く理解し、単なる手続き代行に留まらない、企業の信頼性を支えるパートナーとしての支援を行っております。薬事規制に関するご相談は、ぜひファーマ行政書士事務所までお問い合わせください。

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投稿者プロフィール

粂 昌治
粂 昌治
1987年塩野義製薬株式会社に入社。2011年まで中央研究所にて、感染症領域および癌・疼痛領域の創薬研究に従事。その間、1992年には、新規β-ラクタム系抗菌薬の創製で博士(薬学)を取得。
1998年から1年間、米国スクリプス研究所に留学。帰国後、分子標的抗がん薬の探索プロジェクトやオピオイド副作用緩和薬の探索プロジェクトを牽引し、開発候補品を創製。2011年10月、シオノギテクノアドバンスリサーチ株式会社に異動となり、新規に創設された化学支援部門を担当し、軌道に乗せる。2013年には塩野義製薬株式会社医薬研究本部に戻り、外部委託管理、契約相談、化学物質管理などの研究支援業務を担当。2020年から3年間、創薬化学研究所のラボマネージャーとして、前記研究支援業務を含む各種ラボマネジメントを担当。2023年3月に定年退職。
2023年4月に、薬事・化学物質管理コンサルティングを行う行政書士として、ファーマ行政書士事務所を開業し、現在に至る。