ファーマ行政書士事務所ブログ(薬事24)

全4回でお届けした「日本の薬事規制の変遷」では、江戸・日本橋本町と大坂・道修町という二大拠点を中心にお話ししました。今回は番外編として、地方の独自モデルである「富山の売薬制度」について、2回に分けて深掘りしていきます。

■ 中央の二大拠点とは異なる「地方の独自モデル」

江戸時代の薬種流通は、品質と輸入を担う「西の道修町」、消費と東国流通を担う「東の日本橋本町」という二大ギルド拠点が両輪となって支えられていました。 しかし、これら中央の二大拠点とは別に、地方にもユニークなモデルが存在していました。その代表例が富山藩の売薬制度です。大坂・道修町のシステムが「商人ギルド主導」であったのとは対照的に、富山のモデルは「藩主導の経済政策」であった点が大きな特徴です。

■ 富山売薬業の幕開けと「反魂丹(はんごんたん)」

富山売薬業は、1690年(元禄3年)頃、富山藩二代藩主・前田正甫(まさとし)が領内の薬を行商させたことに始まるとされています。 前田正甫は自らも医学や薬学に強い関心を持ち、領民の救済や藩の財政立て直しのために良薬の製造を奨励しました。中でも「反魂丹(はんごんたん)」と呼ばれる胃腸薬は、その高い効能と携帯性の良さから全国的に名を知られるようになり、富山売薬の代名詞となっていきました。

■ 画期的なビジネスモデル「先用後利」

富山売薬の最大の特徴であり、画期的なビジネスモデルと言えるのが「先用後利(せんようこうり)」という信用販売のシステムです。 これは、各家庭に薬箱を預け(配置薬)、年に1~2回訪問し、使った分だけ後で代金を受け取るという仕組みです。現代でいうところの「サブスクリプション」や「従量課金制」の先駆けとも言えるこのシステムは、手元に現金がなくても急病の際にすぐ薬が使えるという安心感を人々に提供し、爆発的に全国的な需要を掘り起こしました。

■ 藩が直轄する統制機関「反魂丹役所」

この全国的なビジネスを裏で支え、品質を担保していたのが、富山藩による徹底した統制です。 富山藩は売薬業を藩の重要産業として位置づけ、藩が直接管理する「反魂丹役所」を設置しました。この役所が、原料の仕入れから品質管理、さらには行商人の身分証明と監督に至るまで、売薬業の全てを統括していたのです。 商人個人の裁量に任せるのではなく、行政たる藩が品質と身元を保証することで、見知らぬ土地の顧客からも絶対的な「信用」を得ることができました。

次回(後編)では、この富山の行商人たちが、どのようにして全国の各藩(領域経済)の壁を越え、強固なネットワークと顧客基盤を築き上げたのか、その秘密兵器である「懸場帳(かけばちょう)」や独自のルールについて解説します。

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投稿者プロフィール

粂 昌治
粂 昌治
1987年塩野義製薬株式会社に入社。2011年まで中央研究所にて、感染症領域および癌・疼痛領域の創薬研究に従事。その間、1992年には、新規β-ラクタム系抗菌薬の創製で博士(薬学)を取得。
1998年から1年間、米国スクリプス研究所に留学。帰国後、分子標的抗がん薬の探索プロジェクトやオピオイド副作用緩和薬の探索プロジェクトを牽引し、開発候補品を創製。2011年10月、シオノギテクノアドバンスリサーチ株式会社に異動となり、新規に創設された化学支援部門を担当し、軌道に乗せる。2013年には塩野義製薬株式会社医薬研究本部に戻り、外部委託管理、契約相談、化学物質管理などの研究支援業務を担当。2020年から3年間、創薬化学研究所のラボマネージャーとして、前記研究支援業務を含む各種ラボマネジメントを担当。2023年3月に定年退職。
2023年4月に、薬事・化学物質管理コンサルティングを行う行政書士として、ファーマ行政書士事務所を開業し、現在に至る。