ファーマ行政書士事務所ブログ(薬事21)

前回の第1回では、江戸時代の大坂・道修町や江戸・日本橋本町における、商人組合(ギルド)主導の「自主規制システム」についてお話ししました。今回は、その250年続いた強固な秩序が、明治維新という近代化の荒波の中でどのように解体され、そして国家管理へと移行していったのかを解説します。
■ 新たな統治哲学「富国強兵」と国家による一元管理の始まり
明治新政府は、「富国強兵」をスローガンに掲げ、欧米列強に対抗しうる近代国家の建設を目指しました。この国家戦略において、強健な国民(兵士や労働者)を生み出すための基盤として、西洋の科学技術に基づく医療・公衆衛生が強く重視されたのです。政府は医療モデルを漢方からドイツ医学へと大きく転換させる方針を打ち出しました。
その流れの中で、旧体制の破壊が行われます。1872年(明治5年)、封建的な特権の象徴とみなされた「株仲間」に対し、政府の命令による強制的な解散が命じられました。これにより、道修町や日本橋本町が長年培ってきた自主規制システムは、法的にその歴史に幕を下ろすことになります。
さらに、政府は矢継ぎ早に国家による一元的な管理システムを構築していきます。1874年には、長与専斎らが起草した近代的な公衆衛生行政の青写真となる「医制」が公布され、医師や薬剤師の資格制度、医薬分業の理念が提示されました。また、不良な輸入西洋薬への対策として、東京・大阪・京都に薬品検査機関である「司薬場」が設置されました。
■ 薬種商人たちを襲った「二重の危機」
この急進的な近代化は、現場の商人たちに「二重の危機」をもたらしました。
第一の危機は、「組織の解体」です。1872年の株仲間解散令により、長年培ってきた組合の独占権や規制権威が失われ、取引の混乱が横行することになりました。
第二の危機は、「事業承継の断絶」です。1875年、「薬舗開業試験」制度が布達されました。これは、既存の業者であっても、子弟が家業を継ぐ際に西洋化学の知識を問う試験に合格しなければならないというものでした。徒弟制度の中で実務と「目利き」を学んできた商人たちにとって、これは「累代栄業之道を失う」ほどの深刻な危機でした。
■ 危機への適応と反撃:道修町の近代化への挑戦
しかし、商人たちはただ時代の波に飲まれたわけではありません。持ち前の団結力と自主性で、独自の近代化を推し進めました。
組織の面では、解散させられた道修町の仲間はわずか2年後の1874年に「薬種商組合」として再結集し、日本橋本町でも後に同業組合を設立しました。 さらに驚くべきは「教育への投資」です。道修町は薬舗開業試験に対応するため、自ら夜学の「司薬研究所」(1877年)を開設しました。これが後の大阪薬学校へと発展していきます。
品質管理においても、政府の「司薬場」に対抗するかのように、1888年に道修町の有力薬業家らが共同出資して民間の「大阪薬品試験会社」を設立しました。この民間機関は、政府の試験所をも凌ぐ高い評価と信頼を得たのです。さらには、自ら製造業へ進出し「廣業舎」(1890年)や「大阪製薬株式会社」(1896年)を設立するなど、産業化への挑戦も始めました 。
次回は、この商人たちの底力と国家の近代化が交差し、現代の薬機法の直接のルーツとなる「近代薬事法制」がいかにして完成したのか、そして日本の製薬産業が本格的に誕生する過程に迫ります。どうぞご期待ください。
📌 ファーマ行政書士事務所では、薬学出身の行政書士が、前職(製薬企業の研究職)での経験を活かし、薬事法務コンサルティングを中心とした専門性の高いサポートを提供しております。薬機法に関するご相談や、医薬品・化粧品ビジネスの許認可、事業承継など、お困りごとがございましたら、お気軽にご相談ください。
投稿者プロフィール

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1987年塩野義製薬株式会社に入社。2011年まで中央研究所にて、感染症領域および癌・疼痛領域の創薬研究に従事。その間、1992年には、新規β-ラクタム系抗菌薬の創製で博士(薬学)を取得。
1998年から1年間、米国スクリプス研究所に留学。帰国後、分子標的抗がん薬の探索プロジェクトやオピオイド副作用緩和薬の探索プロジェクトを牽引し、開発候補品を創製。2011年10月、シオノギテクノアドバンスリサーチ株式会社に異動となり、新規に創設された化学支援部門を担当し、軌道に乗せる。2013年には塩野義製薬株式会社医薬研究本部に戻り、外部委託管理、契約相談、化学物質管理などの研究支援業務を担当。2020年から3年間、創薬化学研究所のラボマネージャーとして、前記研究支援業務を含む各種ラボマネジメントを担当。2023年3月に定年退職。
2023年4月に、薬事・化学物質管理コンサルティングを行う行政書士として、ファーマ行政書士事務所を開業し、現在に至る。
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