ファーマ行政書士事務所ブログ(薬事20)

これまで当ブログでは、2025年(令和7年)5月21日に公布された「改正薬機法」のポイントについて、毎週テーマを変えて解説してまいりました。一連の改正内容について一区切りつきましたので、今回からは装いを新たに「日本の薬事規制の変遷」と題した新連載をスタートいたします。
■ なぜ今、薬事規制の歴史なのか?
「なぜ今になって、江戸や明治という古い時代の話をするのだろうか?」と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。
医薬品を取り巻く環境は、まさに今、大きな変革の渦中にあります。しかし、私たちの業務の基盤となる「薬機法」は、一度作られて完成したものではなく、時代ごとの社会の要請や科学技術の進歩に応え、常に変化し続けてきた歴史があります。
現代の薬機法の根幹をなす「国家による統制」や「科学的基準の採用」といった基本原則は、明治時代の大変革期に確立されました。今年の法改正の意義を真に深く理解するためには、歴史の原点を学び、現代そして未来の薬事規制を考えるための確かな視座を得ることが非常に有意義です。
本連載では、商人組合が築いた「信用」の秩序から、国家が管理する「科学と法」の近代法制へという、日本の薬事法制のダイナミックな変遷を辿っていきます。
■ 江戸時代の医薬品事情:二大拠点の確立
第1回目は、江戸時代の医薬品事情に焦点を当てます。
明治維新後の「国家管理システム」とは対照的に、江戸時代は商人組合(ギルド)を中心とした「分散型・自主規制システム」によって秩序が維持されていました。
当時の薬の流通は、二つの町を抜きには語れません。 一つは、政治の中心地であり、東日本最大の消費地・流通拠点を担った「江戸・日本橋本町(にほんばしほんちょう)」です。 もう一つが、経済の中心地であった「大坂・道修町(どしょうまち)」です。「天下の台所」の物流網を背景に、特に海外からの「輸入」と、「品質管理」「価格決定」の全国的センターとしての機能を果たしました。
この二大拠点が車の両輪となり、日本の医薬品流通を支えていたのです。
■ 現代の「GMP」の原点!? 道修町の自主規制モデル
特に重要な役割を果たしたのが、大坂・道修町の「薬種中買仲間(やくしゅなかがいなかま)」と呼ばれる商人ギルドです。彼らは、長崎から入る輸入薬(唐薬種)の流通を事実上独占し、独自の厳しい自主規制を敷いていました。
彼らの自主規制は、主に以下の3つの柱で成り立っていました。
- 品質の検査:輸入薬の「真偽」と「量目(目方)」を厳しくチェックしました。1658年には既に「似せ薬(偽物)」を取り締まる連印状を提出した記録が残っており、これはまさに、商人たちの信用と誇りによって品質を保証した、江戸時代のGMP(医薬品の品質管理基準)の原点と言えます。
- 資本による買取:単なる仲介ではなく、自らの資本で薬種を一手に買い取ることで在庫リスクを負い、価格決定権と流通の独占的地位を確立しました。
- 信仰と倫理:医薬の神「神農」を祀り、仲間内で高い倫理観と強い結束力を維持していました。
■ 幕府の介入と限界:和薬種改会所
このように輸入薬は商人たちの厳格な管理下にありましたが、一方で国産の「和薬種(わやくしゅ)」は偽物が出回り、品質が不安定だという問題がありました。
そこで、八代将軍・徳川吉宗の「享保の改革」の一環として、幕府が直接的な品質管理に乗り出します。1722年、江戸や大坂など5都市に「和薬種改会所(わやくしゅあらためかいしょ)」という、日本初の国家的医薬品規制機関を設置し、検査を義務化しようとしたのです。
しかし、この幕府主導の中央集権的な制度は、わずか16年で廃止されてしまいます。 既存の商業ネットワークの反発もありましたが、何より「幕府には薬の品質を見抜く力がない」ことが露呈したためです。結果的に幕府は、道修町の仲間組織を「和薬種の専門家」として公認せざるを得なくなり、和薬種の検査権限までもが彼らの自主規制システムに委ねられる形となりました。
✨ おわりに
この「和薬種改会所」の挫折という歴史的事実は、江戸時代の薬事規制がいかに商人たちの専門性と自主性に依存していたかを物語っています。
しかし、この250年続いた商人主導の強固なシステムも、明治維新によって劇的な終焉を迎えることになります。
次回は、明治政府がどのようにして旧体制を解体し、現在の薬事規制のベースとなる「中央集権型・国家管理システム」を構築していったのか、その激動の歴史に迫ります。どうぞご期待ください。
📌 ファーマ行政書士事務所では、薬学出身の行政書士が、前職(製薬企業の研究職)での経験を活かし、薬事法務コンサルティングを中心とした専門性の高いサポートを提供しております。薬機法に関するご相談や、医薬品・化粧品ビジネスの許認可、事業承継など、お困りごとがございましたら、お気軽にご相談ください。
投稿者プロフィール

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1987年塩野義製薬株式会社に入社。2011年まで中央研究所にて、感染症領域および癌・疼痛領域の創薬研究に従事。その間、1992年には、新規β-ラクタム系抗菌薬の創製で博士(薬学)を取得。
1998年から1年間、米国スクリプス研究所に留学。帰国後、分子標的抗がん薬の探索プロジェクトやオピオイド副作用緩和薬の探索プロジェクトを牽引し、開発候補品を創製。2011年10月、シオノギテクノアドバンスリサーチ株式会社に異動となり、新規に創設された化学支援部門を担当し、軌道に乗せる。2013年には塩野義製薬株式会社医薬研究本部に戻り、外部委託管理、契約相談、化学物質管理などの研究支援業務を担当。2020年から3年間、創薬化学研究所のラボマネージャーとして、前記研究支援業務を含む各種ラボマネジメントを担当。2023年3月に定年退職。
2023年4月に、薬事・化学物質管理コンサルティングを行う行政書士として、ファーマ行政書士事務所を開業し、現在に至る。
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