ファーマ行政書士事務所ブログ(2)

はじめに
2025年5月に公布された薬機法改正では、「医薬品品質保証責任者」および「医薬品安全管理責任者」の設置義務が法律に明記され、企業の薬事関連業務に対する責任体制が一段と明確化されました。
それとあわせて注目すべき改正が、薬事に関する業務に責任を有する役員への変更命令制度の新設です。
この制度は、新設された薬機法第72条の8に規定され、薬事業務に関与する経営層への行政的関与を可能とする、極めて重要な改正です。
第72条の8の新設──薬事関連業務を統括する役員への変更命令
新設された第72条の8の条文では、厚生労働大臣が、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器、再生医療等製品の製造販売業者または製造業者に対して、薬事関連法令に違反する行為などがあった場合に、「薬事に関する業務に責任を有する役員」の変更命令を発することができると規定しています。
つまり、薬事関連法令違反や、役員自身が欠格事由(薬機法第5条該当)に該当する場合などにおいて、業務の適正運営が見込めないと判断されれば、厚生労働大臣は、その企業に対して、当該役員の交代を命じることができるようになりました。
改正の背景──品質不正の再発と経営体制の問題
この新制度の背景には、医薬品の品質不正やデータ改ざんなど、現場レベルの問題にとどまらない経営体制上の問題があります。
これまで、現場の責任者に対しては第73条に基づく変更命令制度がありましたが、経営層が薬事関連業務を十分に監督していない場合でも、行政が直接是正を促す手段は限定的でした。
こうした反省から、2025年改正では、経営層レベルの「責任の明確化」と「是正権限の強化」が図られたのです。
責任者の変更命令(第73条)との関係
第73条には従来から「医薬品等総括製造販売責任者等の変更命令」が規定されており、今回の改正で新たに「医薬品品質保証責任者」および「医薬品安全管理責任者」がこの対象に加えられました。
したがって、
- 第73条(改正):現場レベルの責任者に対する既存制度の拡充
- 第72条の8(新設):経営層(薬事に関する業務に責任を有する役員)に対する新たな変更命令制度
という構造になっています。
第73条の「責任者」には、医薬品総括製造販売責任者等だけでなく、医薬部外品、化粧品、医療機器、再生医療等製品に関する総括製造販売責任者等も含まれます。
その中に、今回の改正で医薬品分野に係る2つの責任者(医薬品品質保証責任者・医薬品安全管理責任者)が追加されたという位置づけになります。
一方、第72条の8の「役員」については、これらすべての製品区分を包含する形で規定されています。
改正の意義──経営層への法的責任の明確化
第72条の8の新設は、薬機法の枠組みの中で初めて、経営層に対して直接的な変更命令を可能とした制度です。
これにより、今後は薬事コンプライアンスの遵守が、現場の課題にとどまらず、企業経営そのものの責任として問われることになります。
厚生労働大臣による変更命令の対象となるのは、薬事関連業務に実質的に関与している役員に限られますが、経営会議や取締役会レベルで薬事関連方針を決定している企業では、経営層の監督・確認・是正行動がより厳しく求められるようになります。
実務への影響
- ガバナンス体制の見直し:薬事関連業務を担当する役員の明確な任命・職務分掌の明文化
- 報告体制の整備:品質保証責任者および安全管理責任者から総括製造販売責任者への報告ルート、ならびに総括製造販売責任者から経営層への報告ルートを明確化
- 内部監査と教育:経営層を含む薬事法規教育・監査システムの導入
これらを通じて、経営層が薬事コンプライアンスを「自らの責務」として果たしていることを示す体制構築が求められます。
施行時期
第72条の8の新設規定は、他の主要改正項目と同様に、公布から2年以内(最遅で2027年5月20日まで)に施行される予定です。
企業はこの期間内に、薬事業務に関与する役員の責任範囲・監督体制・報告経路を明確にしておく必要があります。
まとめ
2025年薬機法改正で新設された第72条の8「薬事に関する業務に責任を有する役員の変更命令」は、経営層に対する法的責任を明確化し、薬事コンプライアンスを企業ガバナンスの一部として位置づけた画期的な制度です。
これにより、
- 第73条:現場の責任者に対する変更命令(従来制度の改正)
- 第72条の8:経営層(薬事業務に責任を有する役員)に対する変更命令(新設)
という二層構造が完成しました。
薬事法務の遵守は、もはや現場の課題ではなく「経営の課題」です。
経営層が自らの責任を意識し、体制・監督・情報共有の在り方を再構築することが、これからの企業に求められています。
📌 ファーマ行政書士事務所では、薬機法改正対応に向けた経営層・責任者の役割整理、監督体制構築、社内規程改訂のご支援を行っています。
薬事ガバナンスの実効性を高めたい企業の皆さまは、ぜひご相談ください。
※本記事は、2026年5月21日に公布された「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第37号)の内容及びそれによって予測される影響について記述しています。法解釈を含む内容については、個別の事案やその後の解釈等により異なる場合があります。正確な情報は必ずご自身でご確認いただくようお願いいたします。
投稿者プロフィール

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1987年塩野義製薬株式会社に入社。2011年まで中央研究所にて、感染症領域および癌・疼痛領域の創薬研究に従事。その間、1992年には、新規β-ラクタム系抗菌薬の創製で博士(薬学)を取得。
1998年から1年間、米国スクリプス研究所に留学。帰国後、分子標的抗がん薬の探索プロジェクトやオピオイド副作用緩和薬の探索プロジェクトを牽引し、開発候補品を創製。2011年10月、シオノギテクノアドバンスリサーチ株式会社に異動となり、新規に創設された化学支援部門を担当し、軌道に乗せる。2013年には塩野義製薬株式会社医薬研究本部に戻り、外部委託管理、契約相談、化学物質管理などの研究支援業務を担当。2020年から3年間、創薬化学研究所のラボマネージャーとして、前記研究支援業務を含む各種ラボマネジメントを担当。2023年3月に定年退職。
2023年4月に、薬事・化学物質管理コンサルティングを行う行政書士として、ファーマ行政書士事務所を開業し、現在に至る。
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