ファーマ行政書士事務所ブログ(薬事25)

番外編の第2回となる今回は、富山藩の強力なバックアップを受けた行商人たちが、どのようにして全国にネットワークを広げ、その秩序を維持していたのかについて解説します。

■ 行商人の組織化と行商圏の割り当て

富山の行商人たちは、個人で無秩序に全国を歩き回っていたわけではありません。彼らは「組」と呼ばれる仲間組織に所属し、それぞれの行商圏(懸場:かけば)が明確に割り当てられていました。 江戸時代の日本は、各藩が独立した「領域経済」を形成しており、他藩の商人が自由に商売をすることは関所などの関係もあり容易ではありませんでした。しかし、富山の行商人たちは、藩の公的な証明書と、薬という人命に関わる必需品を武器に、各藩の壁を越えて全国的な行商ネットワークを着実に構築していきました。

■ 顧客台帳であり「資産」でもあった「懸場帳」

彼らのビジネスの心臓部と言えるのが、「懸場帳(かけばちょう)」と呼ばれる顧客台帳の管理です。 行商人は、顧客ごとに預けた薬の種類や使った量、家族構成などをこの帳面に詳細に記録していました。さらに驚くべきことに、「懸場帳」はその顧客への販売権を意味する「資産(すなわち、有価証券)」としての価値を持ち、売買や金融の担保とされていました。顧客との信頼関係そのものが、目に見える財産として扱われていたのです。

■ 秩序を守る厳格なルール「仲間示談定法」

これほど価値のある顧客ネットワークですから、行商人同士での顧客の奪い合いも当然懸念されます。そこで彼らは、「仲間示談定法(なかまじだんさだめほう)」という厳格なルールを仲間内で定めました。 このルールにより、顧客の奪い合い(重配置:すでに別の行商人の薬箱がある家に、自分の薬箱を重ねて置くこと)などは固く禁じられました。内部での過当競争を厳しく制限することで、富山売薬全体の信用とブランドを守り抜いたのです。

■ おわりに:現代に息づく「配置薬」の精神

大坂・道修町のような「商人ギルド主導」のモデルとは異なり、富山の売薬制度は「藩主導の経済政策」と「現場の緻密なルール・データ管理」が融合した、もう一つの完成された分散型の規制システムでした。 お客様の家庭を定期的に訪問し、健康状態を伺いながら必要な薬を補充するというこの「配置薬」の仕組みは、形を変えながら現代の医薬品販売にもしっかりと受け継がれています。

📌 ファーマ行政書士事務所では、薬学出身の行政書士が、前職(製薬企業の研究職)での経験を活かし、薬事法務コンサルティングを中心とした専門性の高いサポートを提供しております。薬機法に関するご相談や、医薬品・化粧品ビジネスの許認可、事業承継など、お困りごとがございましたら、お気軽にご相談ください。

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投稿者プロフィール

粂 昌治
粂 昌治
1987年塩野義製薬株式会社に入社。2011年まで中央研究所にて、感染症領域および癌・疼痛領域の創薬研究に従事。その間、1992年には、新規β-ラクタム系抗菌薬の創製で博士(薬学)を取得。
1998年から1年間、米国スクリプス研究所に留学。帰国後、分子標的抗がん薬の探索プロジェクトやオピオイド副作用緩和薬の探索プロジェクトを牽引し、開発候補品を創製。2011年10月、シオノギテクノアドバンスリサーチ株式会社に異動となり、新規に創設された化学支援部門を担当し、軌道に乗せる。2013年には塩野義製薬株式会社医薬研究本部に戻り、外部委託管理、契約相談、化学物質管理などの研究支援業務を担当。2020年から3年間、創薬化学研究所のラボマネージャーとして、前記研究支援業務を含む各種ラボマネジメントを担当。2023年3月に定年退職。
2023年4月に、薬事・化学物質管理コンサルティングを行う行政書士として、ファーマ行政書士事務所を開業し、現在に至る。